村上春樹『スプートニクの恋人』

ロケッツ図書館

はじめまして。ロケッツ4号機です。
この「ロケッツ図書館」というカテゴリーでは
私たちコンサルロケッツ乗組員が最近読んだ本、過去に読んだ本のなかから、
当サービスのコンセプトでもある「宇宙」に関連するキーワードをもとに
本紹介をしていくというコーナーです。
 
しかし、初めに言っておきます。
 
「宇宙」に関する本なんてもの、SF小説か、ゴリゴリの専門書か
もしくは児童向けの科学雑誌くらいしか思いつきません。
このままでは早々にネタが尽きてしまうため、
途中でコンセプト変更する可能性、極めて大と言わざるを得ません。
 
さて、そんななか記念すべき第一回目に紹介する本はこちら。
村上春樹『スプートニクの恋人』(講談社・1999年)です。
 
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宇宙について多少なりとも詳しい方なら、すでにお察しでしょう。
本作タイトル「スプートニク」とは、旧ソ連が打ち上げた人工衛星の名称です。
1950年代後半、旧ソ連は「スプートニク計画」と称して計5基の衛星を飛ばしているのですが、
そのうち「スプートニク2号」に関するエピソードが、本作のプロローグとして登場します。
 
ところでスプートニク2号は、史上初めて地球軌道を「生物を乗せて」周回したことで知られています。
搭乗員は「ライカ」の名で知られる、1匹の雌犬でした。
道ばたで捨て犬として拾われたライカは、人類に先立ち、
ひょんなことから宇宙へと旅することとなったのです。
 
しかし、旧ソ連の計画はあくまで「生物を宇宙に連れ出す」こと。
スプートニク2号の地球への帰還は、もともと計画に含まれていませんでした。
記録によれば、機体からの通信は打ち上げの7日後、11月10日に途絶え、
打ち上げの162日後、翌年4月14日に大気圏に再突入して消滅したとされています。
 
スプートニク2号は、ライカを乗せて帰ることのない旅に出ました。
しかし、当時の、実験目的に作られた衛星の機内は決して広いとはいえません。
さらにライカはあらゆる計器で囲まれていたため、
餌を食べる以外、ほとんど身動きできない状態だったと言われています。
 
そんな宇宙船の中で、ライカは独り、なにを想ったのでしょう。
懐かしい草の匂い、大地を駆ける感覚、もしくは撫でられた手の温もり…
一匹の犬がどこまで考え、どこまで記憶を想起したのかなど、
私たち人間には想像の範囲を超えていますが、しかし
 
決してもう、二度と地球の土を踏むことのなかったライカは確かに、
筆舌に尽くしがたい「孤独」を感じていたことでしょう。
 
『スプートニクの恋人』では、このライカの逸話を冒頭に掲げて始まります。
ゆえに作品全体を通じ、どこか寂しい「孤独」の感じが、
まるで終わりのない通奏低音のように響いてきます。
 
本文中、このような言葉が挟まれます。
「理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない」
これは登場人物のひとり「すみれ」によって語られる台詞ですが、
おそらく著者、村上春樹自身の「人生哲学」的言葉と捉えても良いでしょう。
私たちが理解していると思っている物事は、私たちがそう「理解している」だけであって、
決してそれが正しいわけではないし、かといって間違っているわけでもない。
「私」がそう理解している物事を、同じように他者が捉えているという確証もないのです。
 
一歩踏み込めば「この世界に存在しているのは自分だけだ」といった
独我論的な思考に陥ってしまいそうな気になってしまいますが、
しかし、むしろ著者はこうした「孤独」を本作において、また別の作品においても、
正面から受け止めるための「心の在り方」を、模索し続けてきた作家だと私は感じます。
 
人前で賑やかに周囲を楽しませる人も、すました顔を装った女性も、
どのような人も内面には「孤独」を抱えて生きていると思います。
こうした私たちの「孤独」は、いわば自身と真摯に向き合うための装置であり、
決して、寂しさだけを生み出す厄介者ではないと思います。
真に「孤独」と向き合ったからこそ、得られる強さもあるでしょう。
 
また、人と人とが互いの「孤独」を通じて判り合えることもあるはずです。
この人とはウマがあうなあ、と感じるとき、それは互いの「孤独」が共鳴しているのかもしれません。
つまり「孤独」とは、決して「独り」という意味合いばかりではなく、
突き詰めれば、他者との交流(コミットメント)を生む重要なファクターとなり得るのです。
 
宇宙船の中、ライカは確かに「孤独」を感じたことでしょう。
しかし、それはスプートニクが地球をぐるぐると回り続けていたように、
どこにもたどり着かない、本当の、本当の孤独でした。
 
村上春樹は『スプートニクの恋人』で、なぜライカのエピソードを引用したのか。
すみれは、なぜ先のような台詞を口にしたのか。
村上春樹は、この作品で真に表現したかったことは何なのか。
 
それは、実際に読んでからのお楽しみです。

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